テレビドラマふぁん

真田丸29話【異変】あらすじ・壊れてしまった秀吉は拾と過ごしたいが

関白秀次が亡くなった後、秀吉は政治の拠点を伏見に移して心機一転を図ります。


信繁は大谷吉継の娘・春を正室に迎えました、春は人懐っこいところが亡くなった梅と似ており真田家の人々から歓迎されました

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その夜に信繁は秀吉が寝小便をしたという知らせを三成から聞き秀吉の元に駆けつけます


秀吉は同じことを何度も言うようになり、怒ると自分を制することができなくなった秀吉に信繁は不安を覚えました。


すっかり弱気になった秀吉は拾が元服するまで関白は置かないと決め、三成の進言で、三成ら奉行衆の合議制で政治をするように決め、信繁には三成の力になるように命じました。


きりは昌幸が受け持つ伏見城の普請場に行き、大工の頭の吉蔵から木製の十字架を受け取りました、きりが昌幸の所在を尋ねますが昌幸はいません、信幸は父・昌幸の遊郭通いのうわさを聞いて顔を曇らせます。


きりは真田屋敷を訪ねて薫に挨拶しましたが、昌幸が普請場にいなかったことをうっかり口をすべらしました。薫は昌幸の行動に疑いを持ちます


当の昌幸は昼間から吉野太夫と遊びふけって気力の抜けた昌幸をみて出浦と佐助は失望します、夜に薫から昌幸のことで詰問を受けた信幸は、癒しを求めておこうを抱いてしまいます、それに気づいた稲は信幸に怒りぶつけ、それをきっかけに二人は結ばれました。その後まもなくおこうと稲の懐妊がわかりました。


三成は関白を置かずに奉行衆が政治をすることをはやめに家康に伝えたほうが良いと秀吉に進言しました。ところが秀吉は家康を呼んで、拾が元服するまで関白は置かずに、家康を要とした大名たちの合議で進めてほしいと言い出して三成は驚きました。その夜、信繁は秀吉のことを相談するために大谷刑部を訪ねますが、刑部は首に布を巻いて皮膚の赤みを隠していました、病で体が動かないのでした。


そのころきりは細川屋敷を訪れて細川忠興の妻・玉に吉蔵が作った十字架を渡したきりは、秀次の形見のテンペラ画に描かれた女性が聖母マリアで秀次がきりの守りとして預けたと知り心を打たれました

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昌幸の行動を怪しんでいた薫は昌幸に詰め寄りました、昌幸は吉野太夫のところに通っていました、しかし昌幸は薫の話を聞き流していました。ところが信幸から伏見城周辺の地図を見せられた昌幸は突如顔つきが変わり戦国大名として戦っていたときの鋭い目つきに戻りました。


昌幸は伏見城の守りの要を木幡山の出城に置くことで難攻不落の城を築城できると思い立ちました、そして出浦もその出城を自分たちが守れば伏見城は1日で落とせると進言しました。しかし城を誰が守るかはどうでもいい、ただ、完璧な城を作ってみたくなったと昌幸は笑って見せます。


伏見城では秀吉が家康を呼んで政治は大名たちの合議制で進めてほしいと命じていました、家康は秀吉から同じ話を聞かされて不審がります。秀吉がボケテいるのを悟られまいと三成と信繁が必死でとりなしました。


秀吉はその後も同じ話を家康にしようとしますが、三成はそもそも秀吉が大名たちに任せず、奉行で合議制でまとめるように、命令を下していたと指摘しました。


三成を下がらせた秀吉は己の死期を悟り、死にたくないと信繁に本音を漏らします。残りの日をできるだけ拾と一緒にすごしたいと秀吉は願いますが茶々は弱った父親の姿を拾に見せたくないと秀吉の願いを拒みました。


信繁は秀吉の尻拭いに奔走し、そんな弟の姿を見た信幸は真田家のため、できるだけ秀吉のそばにいることを忘れないでほしいと説きます。


1596年7月13日、伏見が大地震に見舞われ完成前の伏見城は天守閣が倒壊、最初から作り直しになってしまいました。


大閣秀吉の最期の時が近づいていました

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