テレビドラマふぁん

真田丸33話【動乱】信繁がきりに意見を聞く石田三成の土産が干し柿で腹が痛む

石田三成が追い詰められて胃が痛い信繁がきりに意見を聞く


徳川屋敷襲撃の計画がバレて逆に追い詰められる石田三成

信繁が途方にくれるが、きりが岡目八目で的確な意見

干し柿を手土産に使う三成、好物だったのか?胃が痛くなってしまう三成

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今夜、を急襲して家康の首を取ると計画を打ち明ける三成


宇喜多秀家と小早川秀秋と信繁が襲撃の打ち合わせをするが、その日のうちに、徳川家康に計画が漏れてしまいます。

板部岡江雪斎が間者で小早川秀秋から計画がバレる


信繁の後ろを横切ろうとした坊主姿の男、信繁が「もしや江雪斎殿ではありませんか」と呼び止めるとその人でした。


江雪斎も初めて気がついた風で信繁に挨拶しましたが、なんか不自然ですね、普通は江雪斎が先に気がついて信繁に声をかけるでしょう。


江雪斎は信繁に会いたくなかったのかもしれません、北条が滅んだ後は各地を転々とどうのこうの


江雪は今は金吾中納言(小早川秀秋)のところに仕えているとのこと、昔話に話がはずみそうですが短い立ち話の後立ち去ってしまうのでした。


信繁のほうは徳川屋敷襲撃の準備で世間話をしている暇は無いのですが、板部岡江雪斎もわけあって信繁とは接触したくありません。


江雪斎は徳川の間者で今回の襲撃計画を本多正信に知らせたのは彼でした。


江雪斎は信繁に呼び止られて、まずい人に会ってしまったと思ったでしょう、油断をしていたら自分が間者だと見抜かれてしまうかもしれません


後ろ暗いところがあると無意識に言い訳をしてしまうのか聞かれもしないのに江雪斎は苦労したんだよと言い訳を言ってボロが出ないうちに立ち去りました。


信繁は江雪斎が間者とは気がつきませんでした、このままだと何回も煮え湯を飲まされることになりそうです。


三成の襲撃計画を聞いた徳川家康はすぐに江戸まで逃げようとしましたが、本多正信の発案で伏見にいる大名たちに徳川屋敷を守るように呼びかけました。


伊達政宗、黒田長政など有力大名が徳川屋敷に駆けつけ、三成の味方と思われた加藤清正、福島正則まで徳川方についてしまいました。


三成は奇襲で徳川屋敷を襲う計画だったので相手に計画が漏れてしまったら失敗です、しかしあきらめきれない三成は多数派工作で味方を増やそうとしますがうまくいきません


毛利輝元の説得は身内の小早川秀秋が、上杉景勝の説得は信繁が担当することになりました。


しかし小早川秀秋には荷が重くて話を切り出すことも出来ません、信繁のほうも直江兼続に(お館様はできない約束をするから)と断られてしまいました。


三成は豊臣の旗印のひょうたんを掲げて戦うために前田利家と談判しますがこれも失敗します。

干し柿を手土産につかう三成のセンス

そしてまだどちらにつくか決めていない細川忠興を味方につけるため石田三成が訪ねていきますが、手土産に用意したのは干し柿です。


石田三成といえば干し柿のエピソードが有名です、三成が関ヶ原の戦いで負けて処刑されるために刑場につれてゆかれるときに、


喉がかわいた三成は水を所望して、水が無いのでかわりに干し柿を渡されました、しかし三成は痰(たん)の毒だからと断りました。


これから処刑される人間が身体を心配する必要はないと笑われました。


石田三成は干し柿を細川忠興に差し出して、徳川家康を討つのに力を貸してくれと願い出ますが、干し柿で人を釣ろうというのかと逆に細川忠興を激怒させてしまいました。

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どんどん追い詰められていく石田三成、信繁も困ってしまい、きりに意見を聞くことにしました。

信繁がきりを頼みにする事態!きりにデレた?

普段はきりを相手にしない信繁が切りに意見を求めるのはよほどですね、


きりは「三成様はいいだしっぺなのでひっこみがつかなくなっているだけ、本人も内心は困っている」と的確な意見です


きりは冷静に状況を見ていて的確な意見をだせるといつの間にか信繁の中で高評価でした。


そして信繁は父の昌幸にある願いをします、昌幸が徳川方につけばさすがに三成もあきらめるだろう。


昌幸は信繁の提案を承諾して徳川屋敷に参陣しました


石田三成が最後の頼りとした大谷吉継の屋敷を訪ね、助けを求めましたが吉継は徳川方につくと打ち明けます


干し柿を食べなくても胃がきりきり痛くなる展開です、


さすがに勝負はついた、さすがの三成もあきらめるだろうと信繁は考えましたが三成はあきらめません。


勝ち目は無いとみて討ち死に覚悟で石田三成は出陣しようとしましたが、そこで上杉景勝が止めに入りました。


次の機会を待ち命をつなぐようにと、そしてついに石田三成は挙兵をあきらめたのでした。


石田三成が襲撃をあきらめたことを知り、警備を解く徳川屋敷、多くの助っ人の大名たちも帰宅しました。


じつは真田昌幸が家康の寝首をかこうするかもしれないと心配していましたが、何事もおこりませんでした。

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