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犬伏の別れとは場所はどこ?真田親子が生き残る為の選択とは?

iyyakusidou

犬伏の別れとは場所はどこ?


2016年9月4日35回放送の「犬伏の別れ」は見どころ満載!読み方が難しいのですが「いぬぶしのわかれ」です。真田親子の別れを「韓信」の故事成語を用い、実際にあったエピソードを交え感動的に仕上げてあります。

先立ち9月3日に真田昌幸役の草刈正雄さんが青森県八戸市で行われたトラッキングイベンドで視聴者を裏切りっぱなしの脚本、良い意味でワクワクドキドキと評価しました。

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犬伏の別れの場所は実在するの?
1600年(慶長5年)木県佐野市、唐沢山城高石垣がいまでも残されています。
ここが真田親子の運命を決めた場所です。


真田親子三人だけの真剣な話し合い
その様子を見に来た家臣に昌幸が下駄を投げつけたという逸話がのこされています。
【犬伏新町】町内会ではお宝自慢として自慢調査票が作成されています。


この書面によると、関ヶ原合戦直前の慶長5年7月、この薬師堂で真田親子が徳川方と豊臣方に分かれて付くことになった(真田父子犬伏の分かれ)密議の場所だと伝承され、脇を川が流れていた跡が今でも残っています。

親子はこの川の橋を渡ってそれぞれに向かった事から真田親子の別れ橋として語り継がれています。




年間無料で観覧できます。
5月には薬師様のお祭りが催されます。
駐車場:無し
現地には案内板があります。





真田丸での犬伏の別れはどんな感じ?
徳川軍の命令に従い上杉景勝攻めの真田家に石田三成や刑部が家康を倒す為に兵を上げたとの知らせが届きました。

一体、どちらに付くべきか?
豊臣か徳川か・・・






真田親子は下野国の犬伏(いぬぶし)にて議論をするのでした

他の者は近づけるな!
一日や2日で終わる戦いではない
世は再び乱れる
夢物語はもう終わりにしてください!父上
どうすれば良い・・・悩む昌幸です

真田信繁が昌幸と一緒に
徳川か豊臣かどちらかに賭けて生き残るしかありません


そこへ、あまりに密談が長く戻りが遅いので様子を見に来た家臣の河原綱家(大野泰広)
戸をそっと開けた瞬間父ちゃんの真田昌幸が何かを手にして家臣めがけ投げつけます。


木材?下駄?が顔に命中してしまいました
口から何かピューっと出したと思ったら・・
歯が・・・
痛そうですが何でも無かった顔をしているのでした


豊臣が勝つとは限らんぞ! 兄の信之が徳川内府は長い時をかけて作戦を練っていると説明するのでした。

またやこのお大事な時にくじ引きを提案する昌幸
こういうことはもう辞めましょう
真田正之が静かに言いました。
わたしはきめました父上
私は決めた!
叫ぶのでした。
源次郎お前と父上は豊臣につけ
私は徳川に残る
それが最善の道だ
いずれが勝っても真田は残る


しかし敵味方に別れるのでは?信繁が問いかけます
われらはけっして敵味方に別れるのではない
徳川が勝ったら私はありとあらゆる手を使ってお前と父上を助けてみせる


豊臣が勝ったらお前は私を助けるのだ。
膝をつきあわせて語り合う時の為の策じゃ
たとえ豊臣と徳川に分かれても常に真田は一つでございます

黙る昌幸父ちゃんでした。


よき策じゃ・・・昌幸はやっと言うのでした


兄上には迷惑をかけっぱなしです
だがこれで良いのだ
俺が持っtも徳川に近い
われにしか出来ぬことじゃ

豊臣が勝てば・・・
徳川が勝てばもはや上杉は的ではありません。
どちらにころんでも
これが最後の戦いになるんだな!
その先はわららがさなだを背負って行かねばなりません


ババ様の言葉を思い出すな
わららはこの時のために生まれてきたのかもしれん


いずれまた、三人で酒が飲める事を祈ろう!
必ず!そう言って涙ぐむ信繁
縁側で頭を下げる信繁
涙をこらえるのですが溢れ出ます


肩を優しく叩く兄の真田正之

お前達h明日の朝はやく立ち上田へ向へ!
明日徳川内府が来るのを待つという正之でした。


父の事頼んだぞ



史記に出てくる韓信は実に父上に似ている
韓信(かんしん)がいました。

背水の陣という言葉がある
意味を知っているか?

大事なのはそこでないぞ
川を背にするという事はまた背後に回れないということだそ分前方だけに集中できる

一番肝心なのはココだ! ある大戦では
こいつらは

韓信(かんしん)は敵の 日の本の韓信(かんしん)だと思います
なんと敵の城をのっとってしまったのです


そんな事まで書物に書かれてしもたら
背水の陣なんて誰も出来んわ~
さすがわ父上・・・
わはっはっはっは大笑いをするのでした

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韓信の背水の陣とは?
韓信(かんしん)の背水の陣の説明を兄の真田信之がします。
この故事成語はもう後が無いから精一杯力の限りを尽くす事だと思っていました。
まさかこの背水の陣(はいすいのじん)が戦法のひとつだとは知りませんでした。


背水の陣という意味は水を背にして陣を張る事を言います。
真田丸の中でも兄の真田信之が、水を背にして陣をはれば死地になることから、兵法上の常識が合ったことから、これを逆手にとって戦いをしたというのです。
韓信の背水の陣は「せいけいの戦い」と言って水を背にして陣を引いた戦いの事なんです。


この後には切羽詰まった状態でもう一歩も後にはひけないギリギリの状況になっても必死に物事に取り組んでいる事を背水の陣を敷くなとど故事になったのでした。

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