テレビドラマふぁん

超高速!関ヶ原の戦い真田丸で急いでるのは秀忠と佐助だけ

「超高速!参勤交代」と「超高速!関ヶ原」を比較してみる、秀忠は遅かったのか?

関ヶ原に遅刻して徳川秀忠が激しくしかられたのは定説ですが、上田合戦で早く決着をつけようとしたのは秀忠だけ


佐助はいつの間に関ヶ原まで偵察に行ったの?上田と関ヶ原を往復した佐助が超高速です

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真田丸の新しい関ヶ原の戦いと第二次上田合戦




関ヶ原の戦いが短すぎる早すぎる


東軍と西軍の戦いが半日で決着するとはだれも思っていませんでした、「天下分け目の関ヶ原」とは後から言い出したことなのか


関ヶ原の戦いが40秒で放送が終わるとは視聴者の皆さんは思っていませんでした。


長い長い戦いを覚悟(期待)していたのに歴史的な大事件があっさりと決着がついてしまいました。


真田丸の第二次上田合戦が新しい

同時並行で起きた関ヶ原の戦いとの関係性で語られることが多い第二次上田合戦


早く西に向かいたい徳川軍を真田昌幸が時間稼ぎで邪魔をして、上田に足止めしたため秀忠が関ヶ原の戦いに遅刻してしまいます。


こういうプロットで語られることが多い第二次上田合戦です。


ところが真田丸では徳川軍の陣では早く西に行かなきゃならないとは誰も思っていませんでした。


真田の陣では昌幸が時間稼ぎをしましたが徳川軍を足止めしたいからではなく、奇襲をかけるための雨待ちでした。


秀忠軍が30000、真田軍3000で10倍の戦力差です、定説では真田側は勝てなくても良いから秀忠軍を上田に釘付けして時間稼ぎをしようとしたことになってますが真田丸では昌幸は勝つ気満々です。


前回の第一次上田合戦では戦力にまさる徳川方が力押しで上田城を総攻撃して失敗しました、今回はそれを教訓に秀忠軍は持久戦の構えです。


一方、秀忠軍がすぐに攻めてこないと知ると昌幸も持久戦に応じて秀忠の本陣に奇襲をかける機会を待ちます。


待望の雨が降って川の水かさが増して退路を立たれた秀忠軍は背水の陣に!前回の韓信の話を思い出しますが、昌幸はさらに裏をかいて後ろの抜け道から奇襲攻撃する計略です。なんだか桶狭間の戦いとも似ていますね。


ここまで本多正信も真田昌幸も急いでなくて、早く決着をつけたいのは小競り合いにじれったくなった秀忠だけでした。結局、徳川本隊から急報が届いて秀忠軍は上田攻めを打ち切って西に向かいました。


関ヶ原と上田合戦を色眼鏡を外して見て見ると

よく、秀忠が真田昌幸の時間稼ぎに引っかかり早く西に行けばよかったのに上田城攻めにこだわったので関ヶ原に遅刻してしまった凡将だ、見たいな事がよく言われます。


結果で評価されるのは仕方ないですが、こうすれば良かったああすれば良かったと後知恵で語るいやらしさもありますね。


戦後の人間が戦中の人間を見るように「関ヶ原」の色眼鏡を外して上田合戦を見ることの難しさを感じました。目の前の戦いに全力を尽くしていても、未来を予見する人はなかなかいないのですね。


徳川方の軍議で「上田城なんかほっといて、早く西に進んで徳川本隊と合流すべきだ」と進言する知将がいれば、現代人はその通りだと納得しますが戦中の武将だったら、わざわざ上田城攻略に来ているのにおかしなことを言うやつだで終わりです。


真田昌幸が時間稼ぎをした理由が秀忠軍を釘付けにして徳川本隊と合流させないためだったら、現代人の目から見ると大正解ですが、配下の家来だったら大将に勝つための算段をしてほしいでしょう。

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超高速の佐助

佐助はいつごろ関ヶ原まで偵察に行ったのか ?秀忠軍が小諸に来て上田合戦が始まったころは佐助は上田にいました、いつの間に関ヶ原まで偵察に行ったのでしょう。


佐助の足で上田と伏見の片道が4日半、関ヶ原はもう少し手前ですが佐助はいつの間にか上田と関ヶ原を往復してました。


乗り換え案内で上田→関ヶ原が325kmです、往復だと650kmで100キロマラソン6回半です。


9月2日に秀忠が上田城に近い小諸に到着、昌幸は当初降伏するそぶりを見せていましたが、挑発的な降伏の条件をもちだしました。


9月4日に秀忠が「これは怒ってもよいのか?」と確認してから激怒、戦闘状態にはいりました。


9月4日まで佐助は上田にいました、信繁が信幸と戦芝居をするため三十郎に内通者役を頼むときに後ろで佐助が聞いておりました。この後、佐助は上田を出発したのでしょう


9月9日に徳川家康から急な知らせが来て秀忠の軍勢は西に向かいましたが関ヶ原の合戦には間に合いませんでした。


「超高速!参勤交代」という映画があり、老中・松平信祝から無理難題をふっかけられた磐城国(福島県いわき市)の小藩が通常10日かかる参勤交代を4日でするお話です。


乗り換え案内でいわき→東京が215kmです、むちゃくちゃ急いで4日かかるので上田→関ヶ原325kmを6日で到着できなくても仕方ありません。


9月15日の関ヶ原の合戦を佐助が朝から目撃、西軍の敗北をしらせるため、急ぎで上田に戻りました。


上田城では上田合戦の戦いで徳川を退け祝宴中、どのあたりで戦いが始まるかなあ?そろそろかな?とのんびりと戦談義の最中


すでに決着がついているとは夢にも思いません、佐助から半日で西軍が負けたと聞きびっくり仰天です、視聴者も関ヶ原のシーンが40秒で終わり仰天です。

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