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真田丸信繁と梅の子供の名前は?いつ妊娠したの出産は何話?

梅のおめでた宣言はハッタリでした 信繁の最初の子と母・梅の運命の日までのネタバレ

この記事は真田丸10~13話までのネタバレを含みます
ネタバレがいやな人はこの先は読まないでください


信繁と梅の間に生まれた最初の子供は女の子で名前は「すえ」 
史実で「すえ」の生まれ年はわかっていませんがドラマ真田丸の解説本などから拾える脚本と史実を重ね合わせて時系列で並べて見ます

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第10話【妙手】
梅が妊娠した(ようだ)と信繁に告げますが、信繁から求婚させるためのハッタリでしたが信繁が求婚して梅の作戦勝ちですね


第11話【祝言】
天正12年(1584年)7月
信繁と梅の結婚式が開かれました
ある歴史上の事件との時系列から導かれた脚本上の日取りです


妊娠の告白はハッタリなので結婚式のときに懐妊しているかどうか怪しいのです
梅は大急ぎで妊娠してつじつまを合わせるつもりなのでしょう


第12話【人質】
新婚早々信繁と梅は別居することになります
小牧・長久手の戦いで秀吉に対して家康が勝利を納め家康の目は、目の上のたんこぶである真田家に向けられます


徳川の動きを受けて昌幸は上杉との同盟を画策しますが上杉景勝は代わりに人質として信繁を要求します


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小牧・長久手の戦い
 天正12年(1584年)休戦・講和11月
おそらくこの前後に信繁は人質として越後に向います


信繁が上杉の春日山城へ旅立つときに、梅は信繁を見送りながら、妊娠はハッタリでしたと「きり」に告白しました
でもちゃっかりいつの間にか梅は妊娠していたのでした


天正13年(1585年)?月 ←いつごろの季節か真田丸の放送時に明かされるでしょう
梅がすえを出産します、信繁は人質としてまだ越後にいます


脚本上での”すえ”の誕生を1585年と判断した理由は、仮に1584年の年末の出産と仮定すると7月の結婚式のときに梅は妊娠5ヶ月となり計算が合わなくなるからです
(妊娠のハッタリを使う必要がなくなります)


第13話【決戦】
天正13年(1585年)8月
第一次上田合戦が勃発
すえはまだ乳飲み子の0歳児です


信繁と梅の娘すえの運命と生涯【すえの行く末どうなるの?】
急遽、信繁が越後から戻ってきます、信繁は愛娘すえと対面をはたしましたが、梅と会うことはかないませんでした

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