テレビドラマふぁん

真田丸 信繁の娘すえの生涯・キャスト恒松祐里(つねまつ ゆり)

真田丸42話ですえ(30才)が結婚しますが作兵衛との別れが待っていました



すえちゃんは37話のときに16才→42話で30才、時間が流れるのが早いです。すえがちょっと大人びて柔らかくなった感じがします。

すえをりっぱに育て上げて作兵衛とすえの別れの日が来てしまいました。

真田丸で祝言の日にはいつも何か起きますが、養父の作兵衛がすえの結婚を見届けてから大坂に旅立ちます。

恒松祐里(つねまつ ゆり)がすえ(16才)役で登場します

真田丸37話【信之】9/18(日)放送で、すえちゃんが登場!演じるのは恒松祐里さん

恒松 祐里(つねまつ ゆり)すえ役
生年月日:1998年10月9日(17歳)
出生地:東京都
身長:158cm
血液型:B型
事務所:アミューズ

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ドラマ真田丸の中では【すえ】の生まれ年は天正13年(1585年)の設定です
この記事の中で入れているすえの年齢は真田丸の脚本上の年齢です

史実では残念ですが【すえ】の生まれ年はわかっていません


天正12年(1584年)7月
信繁(17才)と梅の結婚式が行われます(ドラマの脚本上の日取りです)
真田と上杉で手を組むため、新婚早々ですが、信繁は人質として越後に赴任します


信繁の留守中に梅が出産、女の子で名前は【すえ】とつけられました
信繁と梅の子供の名前は?いつの間に妊娠したの出産は何話なの?

なんとすえが生まれた年の
天正13年(1585年)8月に第一次上田合戦が勃発します・・すえ(0才)


13話
上杉家に人質として仕えていた信繁は一時的に人質の立場を解かれて防戦のため上田城に戻ってきます

合戦前に信繁とすえはほんの一時だけ親子の対面をはたします


すえの母・梅について資料はほとんど残っておらず
どのように生きどのように亡くなったかよくわかりません


真田丸のドラマの中では第13話【決戦】の第一次上田合戦で梅が悲劇的な戦死を遂げてしまいます
可哀想に梅を抱きしめながら泣き崩れる信繁
その横で「きり」は「すえ」を抱きしめながら「私が育てます この子は私が」と誓うのでした


14話
信繁の立場は人質ですから上杉家の春日山城に戻りました
すえを連れて行くことはできません(人質がひとり増えるだけです)


天正14年(1586年) すえ(1才)
きりがすえを育てていましたがうまくいかず、
結局梅の兄にあたる堀田作兵衛によって育てられることになりました


以後、堀田作兵衛が養父としてすえを育てました


秀吉から上杉景勝に上洛の要請があり景勝は大阪に行くことを決めます
信繁も景勝に同行しますが、出立の日にきりが突然現れて信繁をびっくりさせます
きりの父・高梨内記の取り計らいできりも随行することになりました

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歳月が流れて
21話
秀吉に嫡男・捨が生まれて、信繁はすえに思いをはせます、養父の堀田作兵衛がひさしぶりに登場


ところで信繁とすえちゃんはずっと離れて暮らしてますが、すえを大坂に呼んで一緒に暮らすわけにはいかないのでしょうか?


無理ですね、昌幸はすきあらば秀吉を倒そうと狙っていますから昌幸が裏切りでもしたら人質として殺されてしまいます、昌幸が信用できないことは信繁が一番よくわかっています。


25話
北条氏が滅んで秀吉の天下統一が完成、人質に頼らなくても秀吉に歯向かう大名はいなくなりました


26話
上田のばば様(とり)が危篤になり、信繁は秀吉の許しを得て上田に戻りすえ(8才)と再会します


秀吉の死後、徳川家康が台頭


1600年 関が原の戦いの直前
犬伏の別れにおいて真田親子が東軍西軍のどちらにつくか話し合いが持たれ
すえ(15才)の親戚が敵味方に分かれることになりました


西軍側 祖父(昌幸)、実父(信繁)
東軍側 叔父(信幸)


すえが住んでいる地元の上田にて
第二次上田合戦において昌幸と信繁は善戦しますが、関ケ原において西軍が敗北します


昌幸と信繁は死罪を言い渡されるところを信之(信幸から改名)からの助命嘆願で
一命を助けられ高野山に流されます、以後九度山で蟄居生活をします


慶長16年(1611年)九度山で祖父の昌幸が病死
慶長18年(1613年)祖母の薫が死去
慶長20年(1615年)すえ(30才)


大阪の役が起こります
養父の堀田作兵衛が豊臣側で戦うため真田信繁の元に出陣、戦死を遂げます


大阪夏の陣で
慶長20年(1615年)5月7日(6月3日) 実父の真田信繁が戦死します


真田信繁の戦死でドラマは完結しますが、すえの人生はまだ続きます
史実では堀田作兵衛が大阪の陣で出陣前にすえを
信濃国小県郡で宿屋(本陣)を営んでいた石合家の重蔵に預け、後に石合重蔵の妻になります


ドラマ上の年齢をそのまま当てはめると30才で結婚したことになります

現代では普通ですが、戦国時代としては遅めの結婚になり
もしかすると史実ですえはもう少し若かったのかも知れませんね
すえは1642年に亡くなりました(合掌)

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