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室賀正武の暗殺計画が真田丸では囲碁を打ち返り討ちに史実は?

真田丸第11話【祝言】で室賀正武が最期を遂げます「黙れ小童っ」が聞けなくなり残念、NHK大河ドラマ「真田丸」3月20日放送分では真田昌幸に手を焼く徳川家康が室賀正武を呼びつけて真田昌幸を暗殺するように持ちかけます


ところがそこは真田の知恵袋、家来になった出浦昌相が手の内を見破るのでした
室賀正武は壮絶な死でした・それにしても出浦昌相がかっこいい


室賀正武が昌幸を暗殺に来るだとうと予測を立て、ならば返り討ちにしようと室賀をおびき出す計画を立てた結果・・・

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その材料にされたのが可哀想に信繁と梅の祝言だったのでした
信繁は正室と側室を生涯4人もうけたのでした


祝言が挙げられると喜ぶ信繁と梅に複雑な顔をする真面目で正直者の兄、正幸でした
ドラマでは着々と計画が実行されます


気になるのは史実です
本当にこのような事件があったのでしょうか


徳川家康は天正壬午の乱で北条氏との和睦の条件を履行するため、真田昌幸に沼田領を北条氏に明け渡すように再三要求します


昌幸がこれに応じないため、刺客を放って昌幸暗殺を企てます


ドラマと同じように暗殺を命じられたのが室賀正武でした
「加沢記」では暗殺を持ちかけたのは家康の密名を帯びた鳥居元忠とされ室賀正武が承諾します


天正7月に囲碁の名手が昌幸の元を訪問することとなって、室賀正武も上田城へ招かれました
これをチャンスと考えた室賀は家臣の室賀孫右衛門を使者として鳥居元忠のところに送り援軍を要請します


ところが孫右衛門は昌幸とすでに内通しており、計画は昌幸にばれてしまいました


室賀氏の家臣の多くはすでに真田昌幸に調略されていたのでした、そんなことは思いもしない室賀正武は昌幸を油断させるためわずかな従者だけで上田城に参上したところを待ち伏せていた真田昌幸の家臣によって逆に暗殺さたのでした


正武が連れていた家臣たちは抵抗しますが捕らえられ後に真田氏に仕えました
室賀一族は甲斐国に落ちて行ったといいます


室賀家は弟の満俊が継いでその後徳川家の家臣(江戸幕府の旗本)となりました

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