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真田丸13話で梅がまさかの戦死?うめはなぜ上田城の外に

上田合戦で梅が戦いに出る?「この子のために戦うの!」と言って、きりが懸命に止めたのに梅はなんと城の外に出ていたのです、真田丸上田城攻防戦クライマックス!


上田合戦で信繁が「高砂」謡に踊りに大活躍?
梅は城の中ですえと一緒にいるとばかり思っていました
梅がお城から出て戦いに出た理由とは?

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本拠地の上田城で徳川勢を迎え撃つ真田一門、負ければお終い城の中にいても決して安全というわけでもありません
徳川勢は兵力7000人、対する真田勢は領民まで上田城の中に入れて人数をかき集めても2000人、兵が足りないといっても信繁の奥方まで前線で戦う必要はないはずです


梅はどうして戦いに出てしまったのでしょう?真田丸13話のネタバレです
生まれは農民の出でも梅は信繁の奥方なのですから上田城の比較的安全なところ、例えば薫さんの隣か、すえちゃんと一緒 にいればいいと思うのですが


戦の前は女性も忙しく、梅は女性陣といっしょに携行食の干し飯を兵士たちに配っていました
梅は乳母ではなく自分の母乳ですえを育てる主義で、自分の母乳で子育てした薫とも考え方が一致していました
それで梅は堀田村とすえのいる城の間をあわただしく移動していたのでした


堀田村で梅が村人たちに槍や石つぶてを使った戦い方を指南していると兄の作兵衛が戻ってきました
堀田村に届けられるはずの干し飯が誤配されてよそに行ってしまったと梅に伝えました
そこで信繁が城に帰ってきていると作兵衛から伝えられて大喜びで梅は上田城に戻りましたが、運命のいたずらでしょうか、目の前で信繁とすれ違ってしまいます


きりはここ(城)で待っていたほうがいいと止めました 梅は部屋に干し飯の袋があるのを見つけると干し飯を持って村に戻ってしまいました
合戦の日の夜明け頃、梅は作兵衛とともに城下町の路地で待機していましたが、乳が張ってきたため、すえに授乳するため城に戻りました


すえに授乳を済ませた梅が再び戦いに出ようとします
きりが制止しますが振り切って梅は行ってしまったのでした


ちょうどその頃、信繁は城の中深くまで敵兵を誘き入れていました、そして敵兵と梅は鉢合わせしてしまいます
なんとこの時は危ないところを佐助に救われ梅は本丸に避難しました


徳川勢の先鋒が大手門まで迫ります
総大将の真田昌幸は余裕綽々で囲碁を打ち続けました、ここまですべて作戦通りです二の丸まで敵をおびき出したところで真田は反撃を開始、徳川方はパニックになり撤退します、敗走中に信幸の部隊に追撃されてました


神川まで撤退したところで今度は、上流で出浦の部隊が川の堰を切って鉄砲水が起こり徳川軍に多数の溺死者がでました
上田合戦は徳川勢の戦死者は1300人、真田側の戦死者は50人に満たない数で真田の大勝利でした

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ところが一つ誤算が生じました
逃げ場を失った徳川兵が柵を壊して山に逃げ込み梅が育った堀田村が敵兵に襲われたのです
作兵衛の部隊が拠点としていた廃寺の周囲で村人に多くの犠牲者が出てしまいます


信繁が堀田村に到着した頃には戦いは終わっており多くの遺体の近くで作兵衛が放心状態でした
作兵衛が梅が無事かたずね、信繁は「佐助が本丸にいれてくれた」と答えましたがそこへすえを抱っこしてきりがやってきました


梅が戦いに出た理由でとは?
信じられない事に!梅ときりは一緒に城の櫓にいましたが梅は柵が壊されるのを見て村人たちが心配で城を飛び出してしまったのでした


梅を懸命に探す作兵衛と信繁、作兵衛の悲鳴が聞こえて信繁が駆けつけると槍を持ち泥まみれで倒れている梅の姿が・・・


作兵衛の叫び声を聞きつけ駆けつける信繁
必死の思いで、梅を抱きしめましたがすでに息はありませんでした
悲痛な面持ちの信繁でした


きりは「この子はわたしが育てます」
と涙ながらに誓うのでした
きりが懸命に止めたのに梅がこんなことになるなんて、すえちゃんが可哀想なことになってしまいました


すえの将来と行く末はいかに・・・
すえちゃんのこれからが本当に心配です、きりが育てると誓いましたがなんだか不安です きりがすえちゃんの育児を始めましたがうまくいかず、すったもんだのすえ作兵衛が養父になりました


真田丸あらすじ14話【大阪】すったもんだの(すえ)信繁ビックリ
史実では梅について詳しい記録は残っておらずいつごろ亡くなったかわかりませんが史実でも作兵衛が養父となりすえを育てたのでした
NHK大河ドラマ「真田丸」ではお座りができるようになったすえを上手にあやしながら、藁でなわをなう作兵衛の様子が放送され安堵しすつも梅の無念を思うと涙が出ました


すえのその後ですが
作兵衛が大阪の陣に参戦するときにすえを長窪村の石合十蔵に預け、まもなく作兵衛は大阪の陣で戦死します、この後すえは石合十蔵の妻になりましたと記録が残っています

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