テレビドラマふぁん

真田丸 忍城(おしじょう)攻めで三成の水攻めが難航し出浦昌相が中から崩そうと

23話と24話のネタバレとあらすじです、忍城攻めの総大将は石田三成、配下の武将は真田昌幸、真田信幸、出浦昌相


小田原討伐の忍城攻め
昌幸はゆっくり攻めるとやる気なし
信幸はまじめに攻める
三成は卑怯な戦い方はいや
最後は出浦昌相が忍城の中に入って

スポンサードリンク


23話
1590年4月

秀吉の号令で小田原征伐が始まりました、徳川、上杉、真田も挙兵して小田原に向かいます


真田家は徳川配下の与力なので徳川家康の指揮下に入るのが筋ですが、徳川家康を信用していない石田三成は今回に限り真田昌幸に上杉景勝の指揮下に命じました


徳川家康がもしも裏切ったときに真田までいっしょに連れて行かれては困るからでした、家康はこの決定を知り憮然としましたが、家康に下で戦うのが嫌だった昌幸は大喜びします


上杉景勝の軍は北条の支城を次々に落としましたが景勝も昌幸も気勢が上がりません、この戦いに大義が感じられないからです


さらに本音を言えば秀吉(他人)のために戦いたくないからでした


次に攻める予定の忍城はわざわざ景勝が出て行くほどの城ではないと考えた昌幸は、


忍城攻めは任せてほしいと景勝に志願しました、ところが昌幸はそのまま忍城攻めを信幸に丸投げしてしまいました


唖然とする信幸に昌幸はゆっくりと攻め落とすように命じてそのまま去っていきました


昌幸はなにか企んでるっぽいですね、予想ですが伊達政宗が北条につくか秀吉につくか様子見したいのでしょう


小田原城内では氏政が籠城を決め込みます、戦が長引けば秀吉方から我らの味方につく者も出よう、やがて伊達政宗が援軍にやって来る、城を打って出るのはそのときじゃ


6月

忍城を攻めていた信幸は苦戦が続いていました

スポンサードリンク


忍城の報告を受けて三成はいらだちます、伊達政宗が遅参していることにも三成は神経質になっていました


大谷刑部は戦は机上の作戦とおりには行かないものと三成を諭しました


ついに伊達政宗が秀吉の陣を訪れて恭順に意を示しました、援軍の望みが絶たれた北条氏政は衝撃を受けます


秀吉は小田原城を総攻撃して北条氏を滅ぼす意向を示しましたが、大谷刑部は北条方のほかに残っている城を落とせば北条は進退窮まって降伏すると提言しました


秀吉はその案にじれったく思いましたが刑部から実戦の経験が少ない石田三成に経験を積ませるため忍城攻めを任せてみてはどうかと持ちかけられて秀吉は同意しました


6月12日に景勝の陣を訪れた三成は景勝と真田親子にほかの城攻めに向かうように命じて忍城は水攻めにする意向を伝えました


信幸は忍城を堤防で囲むのは時間がかかりすぎると忠告しましたが三成は4日で忍城を落とせると自信をのぞかせました、ところが計算とおりに事態は進みませんでした


23話で北条氏政に降伏を勧めるため決死の覚悟で小田原城に入る信繁と佐助がかっこよかった!


24話では忍城を開城させるため出浦昌相が城の中に入ります  


忍城が落ちないので秀吉の命令で真田昌幸は忍城の近くの三成の陣地に戻ってきました、昌幸は秀吉の命令であちこち動かされることが不満です


初心を貫きたい三成は、水攻めこそ無駄に死人を出さない最良の策と譲りません、昌幸は他の策も検討すべきと進言しますが卑怯な戦い方はしたくないと三成は拒みました


7月10日に北条氏政が降伏、翌日に切腹しました


忍城は小田原城の開城後も戦い続けていました


昌幸は北条氏政の兜を三成の陣地に持ち込み、氏政が命乞いして助かったと噂を流して、忍城を中から崩す策を提案しました


出浦昌相が血がついていない兜を忍城の中に持ち込んで氏政が家来を見捨てて自分だけ助かったと噂を流し、ついに忍城は開城しました

スポンサードリンク
マシェリ(MACHERiE)はコチラ