テレビドラマふぁん

真田丸 すえは誰が育てたの?養父は堀田作兵衛 史実でも信繁とは別居

すえの育て親は誰?梅が戦死した後、きりが世話を始めましたがすったもんだのすえ堀田作兵衛が養父になりました


現代の常識なら父・信繁がすえを手元に置いて育てるところですが信繁は人質で上田合戦が終わったら景勝の元に戻る約束です

スポンサードリンク


◆選択肢1 すえと暮らすため景勝の元に戻らない

約束を破ったら上杉と真田の盟約は破棄されて、次に徳川が攻めて来たときに上杉家の援護が無くなるどころか挟み撃ちにされる可能性もあります


◆選択肢2 すえを連れて景勝の元に戻る

上杉景勝が真田家が裏切らないうよう首根っこを押さえるために信繁を人質に取ったわけです


信繁がすえを連れて景勝の元に戻ったら人質が増えて景勝は大歓迎するでしょうが真田家にとっては大変都合が悪いわけです


◆結論 きりにすえを預けて信繁は景勝の元にもどりましたが、

きりは現代っ子ぽくて、子育てできるんだろうかと心配でしたが14話ですえの子育てはうまくいかず持て余したようです

結局すえは梅の兄の堀田作兵衛に育てらました


豊臣秀吉が天下をとり諸国の大名に上洛を求めます(臣従せよの意味)、景勝は大坂に上洛し信繁も同行して大坂に行きました

スポンサードリンク


以後、信繁は大坂で暮らします、真田昌幸は天下の帰趨は決まったと判断すると信繁を秀吉の人質に差し出しました


父・信繁と離れて暮らしたすえがなんだかかわいそうな気もしますがあの昌幸のお祖父さんが何かやらかして秀吉と敵対するようなことをすれば、人質として殺されてしまいます


昌幸の親父が信用ならないことは人質に出された信繁本人が承知していることで、すえを手元に置くことは危険でできなかったのでしょう


ちなみに1590年の北条氏滅亡により秀吉の天下統一が完成し、以降は信繁は人質の立場から解放されて父・昌幸がいる上田城に移り住みました

信繁は大坂、上田、九度山と移り住み正室、側室をめとり多くの子をもうけましたが、すえは上田で作兵衛に育てられました

大谷吉継の娘-竹林院(正室)
四女 あくり
長男 大助
六女 阿昌蒲
七女 おかね
次男 大八

高梨内記の娘-きり(側室)
次女 いち
三女 お梅

豊臣秀次の娘-隆清院 (側室)
五女 なほ
三男 左次郎

スポンサードリンク
マシェリ(MACHERiE)はコチラ