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加藤清正の井戸にまつわる逸話・熊本城と明治神宮のパワースポットとは

6月26日放送の真田丸「別離」で三成が加藤清正と井戸の前で待ち合わせ?清正が祈りをささげます


加藤清正が掘ったと伝えられる明治神宮の清正井
明治神宮の清正井
御苑内にあり入場料500円が必要です
熊本城の井戸にまつわる怖い逸話の紹介です

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水が自然にわいてくる井戸は昔の人には信じられない技術で土木の神様の加藤清正が掘った伝えられました
加藤清正(かとうきよまさ)は井戸を掘り当てる名人なんですね
昭和に入って井戸の調査が行われ横井戸であること水源や水が噴出する理由が判明しました



パワースポットとして有名になった明治神宮の清正井ですが加藤清正が掘ったと言われていますが本当は違うようです
加藤清正は井戸掘り名人
加藤清正は築城の名人として有名ですが井戸掘りも名人でした、熊本城は籠城に備えて120本の井戸を掘り今でも17本の井戸が現存しています



熊本城の井戸・横手五郎の伝説
横手五郎は熊本の横手在にすんでいた怪力の持ち主で、一説によれば天草の乱で清正と戦って殺された木山弾正の忘れ形見
熊本城の築城の際に五郎は持ち前の怪力を生かして熊本城の工事に従事していました、そして機会あらば父の仇の清正の命を狙っていました




命を狙われていることに気がついた加藤清正は、横手五郎に井戸堀を命じました、五郎が井戸の底で作業をしているときに人夫たちを使い大岩を落として生き埋めにしようとしました

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ところが落とされた大岩を五郎が受け止めてそれを足場にしてしだいに上に上がってきます、そこで岩ではなく砂を投げ入れると五郎もどうすることもできず生き埋めにされてしまいました



人々は五郎の死を悼み吉祥寺に祀りました、そして明治になって横手阿蘇神社に毘沙門堂が立てられ横手五郎大明神として祭られています



熊本城の銃くれ井戸
陸軍の駐屯地になっていた熊本城、ある日見張りをしていた歩哨が居眠りをしてしまい、それを見つけた上官が懲らしめようと思い、歩哨の持っていた銃を隠してしまいました



銃は命よりも大事と教育されていたから、目を覚まして銃が無いことに気がついた兵士は責任を感じて、井戸に身を投げて死んでしまいました



それから、夜になると「銃をくれ… 銃をくれ…」と泣く声がきこえたそうです、最近では久しくそういう話は聞きませんからその兵隊さんは成仏されたのでしょうか・・・



場所は西出丸あたりとも棒庵坂の井戸とも言われています

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