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真田丸 おこうさんの生涯・稲姫との関係は?信吉信政の跡継ぎ問題どうなるの

おこうさんの息子の信吉を跡継ぎにしようと稲が提案!おこうさんが嬉しそう


稲姫が自分の息子の信政ではなく信吉を跡継ぎに推しました。信吉が真田家の後継者に決まりそうでうれしそうなおこうさん。

ところが真田丸の公式サイトでは信政が藩主となると書いてあります。やはり幸村が大坂城に入り、真田の人間が敵方に加わったのがまずかったのでしょうか

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昌幸の絶対命令?「おこうを里に帰す源三郎泣いてくれ」信幸が悲痛な面持ち人生は先が読めません


おこうさんの行く末が心配です
おこうさんのモデル清音院の史実は
稲姫とおこうさんの関係は
29話でおこうさんと稲姫がおめでた!

史実がはっきりしないだけに行く末が心配です
おこうさんは登場した当初から病弱でゲホゲホと咳き込んで今にも死にそう~

このおこうさんのモデルになる人物は清音院殿ですが、生まれ年もいつ亡くなったかも記録が残っていません

信幸は後に稲姫(小松姫)と結婚するので脚本の都合でその前に病死してしまうのではと密かに心配していました


真田太平記では清音院殿は最初からいないことになっていてひどいあつかいでした、真田丸でも病弱の設定で先が読めません


清音院殿(おこうさん)は1595年は信幸の長男の信吉を出産するのでまずそこまで生き抜いていただきたい


史実で記録が残っている人物はネタバレしてしまいますがおこうさんは何も記録が残っていないのでどんな生き方をされるかは脚本しだいです、真田丸の最終回まで存命でありますように


史実の清音院殿

清音院は真田信綱の娘、信幸は真田昌幸の息子、真田信綱と真田昌幸は兄弟なので、信幸と清音院(おこうさん)は従兄妹同士です


1575年の長篠の戦いで真田信綱と弟の昌輝が戦死してしまい、真田家の家督は武田勝頼の命令で武藤家を継いでいた昌幸が真田家に戻って家督を継承しました


そして従兄妹同士の信幸と清音院(おこうさん)が結婚しますが、婚姻には昌幸が家督を継承する正当性を確保する意図がありました


信幸が本多忠勝の娘の小松姫と縁組するときに小松姫が新しく正室となり、清音院は側室となりました


小松姫が子をもうけるより早く、1595年には信幸の長男の信吉を出産します(信吉を小松姫の実子とする説もあります)


清音院の記録が残っているのはここまでです、この時代の女性はよっぽど有名な人を除くとほとんど記録は残っていません

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小松姫(稲姫)がやってきておこうさんの立場はどうなるのでしょうか


おこうさんは元々真田信綱の娘で元から親戚同士で気心も知れていました、いとこ同士の結婚で大事にされたはずです


小松姫は他家から来た嫁で昌幸は家康のことを嫌っています、当初は居心地が悪かったと思われますが徳川家からの輿入れなので無碍には扱うことはできません


当初は反感を持たれていたと思われますが、表向きは丁重にあつかわれたはずです、そして小松姫は真田家と徳川家のパイプ役で真田家の広報係になっていったと思われます


小松姫については色々な逸話が残りましたが、おこうさんについては何も残っていません、表向きのことは小松姫が裏方はおこうさんが受け持ったかもしれませんね


関ヶ原の戦いの後、真田昌幸と信繁は九度山で蟄居生活を送りますが生活は苦しくなり、陰日なたで信之(信幸)が生活費を援助しました


徳川の家来になった信之は敵方となった昌幸、信繁と交流を続けることで徳川家出身の小松姫には見せたり話したりできないこともあったのでは想像します


このあたりはおこうさんの役回りになるかも知れませんね、自分の体よりお家のことを心配するおこうさん、早く病気を治して戦国の世が終わるのを見届けてほしいです


29話
おこうさんと稲姫が同時におめでたです!生まれてくるのは男の子でしょうか?女の子でしょうか?そして真田家の後を継ぐのは誰?


二人の妊娠がわかった第29回【異変】はNHK公式サイトの略年表によれば1596年の設定です。


真田信之(信幸)が授かった子のうち男子は3人でWikipediaによれば長男の信吉が生まれたのが1595年です。


信吉は少し時間がずれていますが信吉と信政が生まれてくると思われます。

跡継ぎ候補の男子は3人
長男:信吉 1595年生 母は清音院
次男:信政 1597年生 母は小松姫
三男:信重 1599年生 母は小松姫

1622年に真田家は信濃の松代藩に移封されます、13万石に加増(沼田領3万石は継承)ですがしぶしぶ上田を離れます。


ところが真田信之が93歳まで長生きしたため長男の信吉が先に亡くなります。


1656年に次男の信政に家督を譲って信之は隠居しますが2年後の1658年に信政が亡くなり、信之の孫の代で後継者争いが起きます。

清音院の血筋の幸道 父は真田信吉
小松姫の血筋の信利 父は真田信政

この二人の孫が争い幕府を巻き込んだ騒動となります、沼田城主の幸道が信利の家督相続に異議を唱え幕府に訴えを起こします。


最終的に信利が藩主となり、訴えを起こした幸道の領地は沼田藩として独立しました。

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