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真田丸21話あらすじ【戦端】すえに会いたい信繁は秀吉の親バカで江雪斎と対決

21話のネタバレです 秀吉に嫡男・鶴松が生まれ信繁は上田に残した娘・すえに思いを募らせる


21話で5歳になったすえちゃんが久しぶりに登場、堀田作兵衛に鳥の羽で作ってもらった風車をもらってご機嫌

親バカの秀吉が天下統一を急ぎ北条攻めを決意
本多忠勝の親バカに信幸がうんざり
ばば様(とり)が病気になりおこうさんがお世話をします
沼田領問題の談判のため北条方の板部岡 江雪斎が上洛
徳川が勝負のカギを握る!有馬良いとこ一度はおいで有名ですが
信繁が有馬温泉で長旅の疲れを癒すといいと本多正信に勧める

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茶々が男子(鶴丸)を出産し名前は「捨」とつけられました、一度捨てられた子は元気に育つという言い伝えです


すべてを手に入れた秀吉ですが、上洛を拒む北条氏政が目の上のたんこぶになっていました、三成はあわてずじっくり腰をすえて対処すべきだと訴えましたが秀吉は一刻も早く天下統一を果たして捨のために日本から戦を無くしたいと考えていました


秀吉は軍議の場にも信繁に捨を預けて控えさせていました、三成は秀吉は頭の中が捨のことでいっぱいだと悟りました、三成は秀吉が天下統一を急ぐのは陰で千利休が画策していると勘づいていました


秀吉から小田原城攻めの準備を命じられた三成は北条攻めの支度をする間にもう一度上洛を促す書状を氏政に送りました


子供が生まれて茶々は自信を持ち始め豊臣家の先行きがどうなるか、世継ぎの誕生で火種がくすぶり始めました、秀吉の甥・秀次も周囲の人たちからは心穏やかではないと思われていましたが秀次本人は捨が生まれてホッとしていると、きりに話していました


自分は跡継ぎの器ではないと自覚していた秀次は、今の境遇は秀吉のおかげと感謝し、捨が元服するまで豊臣家を支えるつもりだと心に誓いました、秀次は手作りの風車をきりに預けて捨に渡してほしいと頼みました


風車をきりから受け取った信繁は、きりと秀次が仲が良いとからかい、それを聞いたきりは、信繁こそ無神経と腹を立てその場を立ち去りました


秀次の作った風車を秀吉に渡し、捨をあやす秀吉を見ていた信繁は5歳になる娘・すえに思いをはせました、信繁とすえはほとんど一緒に暮らしたことはなく梅の兄の堀田作兵衛がすえを育てています


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上田城では稲が食事に手をつけられないで信幸が困っていました、稲にとっては真田家の食事は塩味がきつ過ぎるのでした


信幸は薄味の食事を作らせようとしましたが、稲は父の本多忠勝から送られた薄味の梅干があるから大丈夫と信幸の申し出を断ってしまいました


心を開こうとしない稲はもちろんですが、やっかいな舅の本多忠勝が頻繁に稲を訪ねてくることも信幸の悩みの種でした


ばば様(とり)が体調を崩してしまい、信幸が病気の見舞いにやってきました、すると先に薫が見舞いに訪れていました、そこにおかゆと、とりの好物の古漬けをお盆にのせておこうがやってきました、信幸は侍女として働くおこうに申し訳なく思っていました


しかしおこうは真田家の人たちの世話ができるだけで幸せと感じていました、そんなおこうを見て信幸と離縁する前よりおこうが元気になっているのではと薫は不思議に思っていました


鷹狩りをする北条氏政の元に内密で徳川家康が訪ねてきました、直接氏政に会って上洛を促すためです

秀吉の力を思い知った家康は生き残るために「長いものには巻かれよ」と氏政に助言しました、北条家と領地を守るためうわべだけでも秀吉に頭を下げたほうが良いと氏政を説得しました

それでも上洛を拒むのだったら氏直の元に嫁がせた娘・督姫を返してもらいたいと切り出しました、氏政は上洛のことはもう一度持ち帰ってゆっくり考える、しかしいずれ北条は秀吉を倒すつもりだと家康に答えました


氏政は上洛を受け入れる条件として、真田が占領している沼田領を北条氏に戻してくれるように書状に書いて秀吉の元に届けました


三成は真田家から沼田領を取り上げて秀吉の裁定で北条氏に渡せば大名同士の勝手な戦を禁じた惣無事令のよい手本となると考えましたが秀吉はそれでは真田が承知しないだろうと考えました


京から呼び出しの書状が届いて真田昌幸と出浦昌相が京に行くことになりましたが、信幸もいっしょに連れて行ってほしいと願いでますが、昌幸からお前は家を守れと断られました


舅つきの新婚生活が窮屈で京に行ったほうが気楽と思っているようですが信繁がどんな大変な目にあってるか知らないのですね


真田昌幸は上田から出浦昌相を伴って京に赴任してきましたが呼ばれた理由が沼田領を渡すためと知って昌幸は激怒します、沼田がほしければ力ずくで攻めて来いと言い放ちました 


昌幸の説得に失敗して三成と信繁が落胆していると、大谷刑部が北条氏と真田氏を引き合わせて秀吉の前でとことん話し合いをさせて沼田をどちらが治めるべきか秀吉が裁定を行えば関白の威光を示せると提案しました


この案に秀吉も乗り気で一連の経緯を知る徳川氏も同席することになりました、しかしこの話を信繁から聞いた昌幸は難色をしめしました

信繁「どうかご承知ください、これが新しい時代の戦なのです」

信繁が懸命に説得して昌幸はいやいやながらも承諾しました、ところが北条氏政と徳川家康が上洛を拒みます


そして代理として北条方から板部岡 江雪斎、徳川方から本多正信が京へ派遣されました、北条氏政と徳川家康が来ないことを知った昌幸は話し合いの場に参加しないと拒否したのでした


もしも豊臣と北条が戦うことになれば戦国の世に逆戻りで惣無事令が意味のないものになってしまいます、仕方なく信繁が昌幸の代わりに話し合いに参加することとなりました


数日後に聚楽第の広間で、真田家の名代として真田信繁、北条家の名代・板部岡 江雪斎、徳川家の名代で本多正信が出席して会談が実施されることになりました


会談のなりゆきが気になる真田昌幸は広間の隣の物置部屋に隠れて話し合いのなりゆきを見守ります


秀吉の到着を待つ間に昌幸が「徳川を味方につけるのだ」と信繁に助言


信繁は本多正信に親しげに話しかけ大坂に着いたばかりの正信に有馬温泉で長旅の疲れを癒すといいとすすめました


仲よさげに談笑する様子を江雪斎が苦々しく見ていました


豊臣秀吉が登場していよいよ豊臣氏の威信をかけて沼田裁定が開始されようとしていた

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